2010年2月24日

第一次世界大戦と物産陳列所

Posted by fische in History

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2010年2月24日

博物館外部システム論的自明

Posted by fische in 備忘録

橋下の「大阪都」構想は、大阪市のモンロー主義を解体するものであり、そのもとで成長したすぐれた諸政策を、大阪府-関西州が奪い取ることを意味する。
これにより、府の博物館行政の史的空洞性(博物館行政的には、「このままでは大阪は駄目になる」のではなく、とうに駄目なのだ)が、市の充実した博物館群によって充填、置換されることになる。
博物館外部システム論からすれば、この展開は自明なのである。

「橋下新党」旗揚げへ=統一選で、府・市再編争点に-大阪
 大阪府の橋下徹知事が、2011年春の統一地方選に向けて、新たな政治グループ結成の動きを本格化させた。知事は、大阪府・市の解体再編を主張しており、23日夜には知事に賛同する自民党系府議会議員らとともに大阪市内のホテルで準備会合を開いた。
 会合には、知事をはじめ、府議、堺市議、大阪市議ら18人が出席。同日は、大阪再編などに関しての意見交換にとどまったが、知事は会合後、記者団に対し「ワン大阪に向けて政治家が集まって意見交換したのは初めて。まず第一歩」と成果を強調した。4月にも正式なグループ設立を目指す。
 橋下知事は今年に入ってから、国際的に競争力のある広域行政を実現するために、現行の大阪府、大阪市という行政体を解体し、新たな形で再編するよう訴え始めた。「このままでは大阪は駄目になる」などとして、統一選の争点にする考えを示している。基本的には「大阪都」構想を想定しているとみられ、具体案は4、5月に示す予定。 
 政治グループは再編に賛同する府議、市町村議や市町村長で構成する方針で、超党派で参加を呼び掛ける。また、統一選に出馬する新人候補も公募し、府議選や大阪市議選では過半数の議席獲得を目指す。(2010/02/23-23:06)

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010022300756

2010年2月18日

「青森県下平民斎藤主」

Posted by fische in History, 備忘録

「斎藤主」をインターネットで検索したところ、「不識塔その2─斎藤主(つかさ)の生涯 – 続・カクレマショウ」がヒット。以下、関係する部分の引用。

斎藤主は、万延元(1860)年、西目屋村の隣に位置する弘前市に生まれました。父は弘前藩士でしたが、廃藩置県後、今別町で私塾を開いており、彼は母のもとで育てられました。12歳の時上京しようとして家出、秋田県大館で見つかり、家に連れ戻されるという事件を起こしています。

彼が東京行きを果たしたのは17歳の時。小さい頃からの特技を生かし、書家になるべく様々な職を転々としますが、結局、明治10(1874)年に勃発した西南戦争に乗じる形で警察官に採用されています。しかしそれも長続きせず、彼は一旗揚げようと北海道に渡ります。各地で役人生活を送りながら、英語や測量学、天文学などを習い、その知識を生かして北海道の奥地から千島、国後などの調査・測量に従事しました。

明治18(1885)年、26歳の時に故郷の青森に戻り、青森県庁土木課に配属されるものの、2年後には会計長として大阪の土木会社に入社、西日本各地の土木工事に関わることになります。一時的に請われて香川県庁や兵庫県庁の土木担当を任されたりもします。またこの間、九州鉄道土木工事測量の時に知り合った下宿屋の娘ナヲと結婚しています。

斎藤が、「北海道旧土人頭骨」を東京教育博物館に寄贈したのは明治17年であり、上記「明治18(1885)年、26歳の時に故郷の青森に戻」る前年のことになる。それ以前、「彼は一旗揚げようと北海道に渡り」「各地で役人生活を送りながら、英語や測量学、天文学などを習い、その知識を生かして北海道の奥地から千島、国後などの調査・測量に従事し」たとあるため、この時期に「北海道旧土人頭骨」を入手したのであろう。

2010年2月17日

「明治22年以前の標本」

Posted by fische in History, 備忘録
「明治22年以前の標本」

承前「北海道旧土人頭骨」は明治17年(1884)に寄贈されているため、『写真で見た国立科学博物館120年の歩み』(財団法人 科学博物館後援会、1998年)にある「明治22年以前の標本」(57頁)のカテゴリに属する。おそらく、写真の標本などとともに、明治22年に帝国博物館へ移管され、大正13~15年に東京帝室博物館天産部から引き継がれて、もどってきているのではないだろうか。

2010年2月15日

東京教育博物館の「北海道旧土人頭骨」

Posted by fische in History, 備忘録

『文部省第十二年報附録(明治十七年分)』に収録された「東京教育博物館第八年報」の「寄贈及交換物品ノ件」の項に、「本年中寄贈ノ物品ハ其ノ数多カラスト雖青森県下平民斎藤主ヨリ献納セシ北海道旧土人頭骨ノ如キハ学術上最貴重ノ標品ナリ」(605丁〔364コマ〕)の記述あり。消息如何。

2010年2月12日

「農商務省(貿易品)陳列所」

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「1892(明治25)年農商務省(貿易品)陳列所が設立され」(伊藤寿朗「日本博物館発達史」伊藤寿朗・森田恒之編『博物館概論』、学苑社、1978年、106頁)の確認がとれない。
同じ編著者による、後出の、倉内史郎・伊藤寿朗・小川剛・森田恒之編『日本博物館沿革要覧』、財団法人野間教育研究所、1981年にも登場しない。
ちなみに、周知の同省施設は、1896年設立の貿易品陳列館。これの官制廃止による、1897年設立の商品陳列館。


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