2006年7月18日

棄農の風景

Posted by fische in Moblog, 雑録
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日曜日の研究会の予習ということもあって、20年以上おつきあいいただいている農家へ行く。見えないが、写真左の林の脇にその農場はある。一面の緑は、区画整理事業が始まり棄農が進んだ後の夏草、つまり雑草。1980年代は、近世の土地割りを踏襲する水田地帯であった。区画整理後、この一帯は埋め立てられてかさ上げされ(すでに進行している)、やがて新興住宅地の甍の波となる。「農村のイメージ化」「文化主義」的テーマは、当局曰く「区画整理の中で考える」という。「区画整理」は住民主体だからだ。「農村のイメージ化」「文化主義」―仮に方便としておこなうとしても、それ以前に越えがたきハードルをもつ地域もある。

2006年7月16日

サーバ復旧

Posted by fische in Site News

サーバマシンのクラッシュにより閉鎖していたRandom Musingsですが、サイトの再構築と主要なテキストデータを復旧しました。画像とコメントの再アップはこれからです。

2006年7月10日

昭和47年10月15日 第1刷発行

Posted by fische in Theory

このとき、いまに喧しき問題のほとんど提出されていた。34年間は無駄だったような気さえする。著者の平易な語り口の背後に、その理論を正当かつ今日的に読みかえすことが私(たち)に問われている、と思う。

博物館の活動は、社会の人たち全体に働きかける仕事なのですから、こうした広場とそこに集まる人々の間に見られる“見せる”“見る”の関係にも、日本の社会のなかにも博物館がりっぱに育つ下地があったのだと思います。

――「先生! これはもう先生の理論に第一種接近遭遇ですよね。あ、もちろんご不満はおありかと思いますが。」

2006年7月5日

『方法としての考古学』

Posted by fische in Rehabilitations

知らなくてもよいことを知ったとき、しかもそれが私にとっては佳きことでなく、かといって相手にどうこう言う性格のものでもなく、私のたちふるまい以外に術のないときの消耗は名状しがたいものがある。ひさしく無かった心持ちのところに、旧知から久しぶりの電話。「福田敏一『方法としての考古学 近代における認識』を読んだか?」と。「読んでない」。かの考古学闘争委員会、かの赤松啓介、わが『見晴台のおっちゃん奮闘記』が同書に登場していると言う。官憲=春成批判と相俟って俄にトーンは高まり、直前までの名状しがたい消耗も瞬時おさまりかける。が、あれはキツイ。さて、『方法としての考古学』である。 polieco_archeさん、乞う予備知識。

2006年7月2日

予習1編[承前]

Posted by fische in Rehabilitations

次回研究会の事前配布(告知)資料1編。

「観念のテロリズム」と「オタク」の折衷様式。而して惟うにこの様式、オタクが社会や世界と接続するときに避けることのできないものなのかもしれない。


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