2006年6月30日

予習3編

Posted by fische in Rehabilitations

次回研究会の事前配付資料3編をざっと読む。

  • 岩本通弥「フォークロリズムと文化ナショナリズム―現代日本の文化政策と連続性の希求―」『日本民俗学』第236号、日本民俗学会、172-188頁
  • 青木隆浩「観光地における文化と自然の有用性―グリーン・ツーリズムを事例に―」『日本民俗学』第243号、日本民俗学会、2005年8月、1-32頁。
  • 山下裕作「農村振興における民俗学の可能性」『日本民俗学』第243号、日本民俗学会、2005年8月、33-62頁。 読後の第一印象は、上から順に、観念のテロリズム、オタク、ナロード風味。

読後の第一印象は、上から順に、観念のテロリズム、オタク、ナロード風味。

2006年6月28日

大出尚子批判

Posted by fische in Waste

大出尚子という人が藤山一雄と満洲国の民俗博物館と私にまで触れて、書いたり発表したりしている模様。ネット上で本人によると思しき要旨に接することができたので、別のサイトに批判を書き付けたところ。が、このサイトは閉鎖系なのでメンバー以外はアクセス不可。メンバーも限定的。乞うご容赦。いずれ全面展開するものの、そこにあったのは、多分私の全著作を読んでいないことによるであろう誤読と曲解(読んでいたなら「眼光紙背に徹すべし」の類)、あと廣松渉言うところの「クソ実証主義」信仰もどき。総じて不毛、廃墟。なぜかこういう手合いが多い。こんな研究しか後続しなかったのかと瞬時反省。取り急ぎ。――「先生! こういうのはどうしたらよいのでしょう?」

2006年6月26日

菖蒲華

Posted by fische in 雑録

阪神淡路大震災の経験が教育になるのであれば、東北の地吹雪やオホーツク海沿岸の流氷が観光になるのであれば、この世のあらゆる幸不幸は教育にも観光(さらには娯楽)にもなる。そう言えば、病気―医療(PET)も観光化していた。これらはすでに、文芸や学問の対象である。学問は教育に拠り立ちてその版図を維持・温存・拡大してきた。そしていまやその片足を観光に乗せつつある。かくして教育は教育勅語の呪縛を離れ、かつて批判された「観光○○○」も自由化し、羽田だって佐世保だって○○○峠だって湊川や関ヶ原のように観光化するだろう。「文学の時代」があったように、「観光の時代」が到来するのか。もちろん、売れる作品と売れない作品があるように、売れる観光作品と売れない観光作品とに淘汰され、やがて「観光の時代は去った」と言われるに違いない。などと思ったりする菖蒲華の日。

2006年6月20日

sewen

Posted by fische in Activity

ある博物館の屋外に展示されている木像。ナーナイのアーティストの作。その転倒はこの17日に確認された。前の1週間のうちに倒れたようだ。人知れず倒れたのだろうか。だとしたらまるで独居老人の死ではないか。傍らに咲くルピナスも手向けられたかのようである(写真左)。
写真右から写真中へ経過する間に、すでにひとたび転倒している。この時、「倒したままにしておくのはよくない」とウイルタのおばあさんは言い、まわりはこれに従った。今度はいったい、誰が言い、誰が起こす。
写真 左:2006年7月17日 中:2003年6月5日 右:1990年代 (photo by くく)
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