2013年5月26日

「観覧料/入館料」、その後。

Posted by fische in Activity, Theory, 備忘録

「観覧料/入館料」の件、5月15日または16日に「ご意見・ご提案 | 清須市」のフォームから総務部防災行政課宛下記(下書き※)をたずねる。(※下記をフォームに入力後、推敲した可能性があるが、控えていないため下書きとした。)

前略 「清須市夢広場はるひの設置及び管理に関する条例」は美術館において教育委員会が主催して展示する美術品等を観覧しようとする者(以下「観覧者」という。)は、別表第2に定める額の観覧料を納付しなければならない」と定義しています。屋外展示を除き通常同館では、館内の展示室に美術品等を展示しており、用語の「観覧料」は美術品等を展示する会場(展示室)への「入場料」の意と理解するのが法制度上妥当です。他の博物館・美術館条例のケースから見てもこれは首肯されます。

しかし同館は、当該「観覧料」を入館と同時に徴収します。入場料システムを定義しながら、入館料システムを実施していることになります。他の博物館・美術館条例のケースでも、入館料システムを採用する場合は「観覧料」の用語ではなく「入館料」の用語を採用しています。

同館は、制度と運用上の実際において不整合が見られるわけです。仮にこの不整合が成立する場合には根拠となる「要綱」のごとき一定の代決権に基づいた文書が必要ですが、その存否について「あるだろう」(栗本課長補佐)という曖昧な回答しか得られませんでした。当該根拠文書がなかった場合、現状は恣意的な運営をしていると言わざるを得ません。しかし、市は民間の私企業ではありません。

本件については、すでに同市教育委員会生涯学習課に問い合わせをし、高山係員が受け、のちに近藤係長が回答され、さらに別に栗本課長補佐が回答されました。そこで、例規の論理の問題として貴職の見解を求めるものです。上記不整合が存在しないとされる場合はその根拠を示してくださいますよう。また、上記不整合が存在するとされる場合は解決策をお示しくださいますよう、お願い申し上げます。不一

5月21日、防災行政課を発信者とするメール添付の回答文書2通を受領。原文はWord文書。

以上

2013年5月16日

観覧料/入館料

Posted by fische in Activity, Theory, 備忘録

以下はツイッターにポストした記事の再録。

備忘録。「清須市夢広場はるひの設置及び管理に関する条例」は美術館において教育委員会が主催して展示する美術品等を観覧しようとする者(以下「観覧者」という。)は、別表第2に定める額の観覧料を納付しなければならない」 http://t.co/pjuG1SAHQF と定義する。

通常同館では、屋外展示を除き館内の展示室に美術品等を展示しており、用語の観覧料は美術品等を展示する会場(展示室)への入場料の意と理解するのが法制度上妥当である。しかし同館は、当該観覧料を入館と同時に徴収する。入場料システムを定義しながら、入館料システムを実行している。

これは、「立法の原則」と「行政の運用」との不整合である。現状は、条例違反、恣意的運用となる。これを正すためには、立法の原則を行政の運用に合わせる、つまり条例改正または然るべき代決権に基づいた要綱等の制定をおこなうか、行政の運用を立法の原則に合わせなければならない。

条例を作文する際、他例を参照することはよくある。惟うに本例は、世に一般的な入場料システムを採用している条例を転用したのであろう。地方自治は住民の政治訓練の場であるとする理論に照らすと、地方自治政府の職員それ自体の政治感覚、政治実践の稚拙さが浮き彫りになる。況や住民をや。

ちなみに入館と同時に料金を徴収する網走市立郷土博物館は、「博物館の入館者は、次に定める入館料を納入しなければならない」 http://t.co/TkaTGA6FPA と明確に入館料を定義している。先行例は、制度と運用を正しく整える。それを忘れて詭弁を弄する後発例は悲しからずや。

2010年2月24日

博物館外部システム論的自明

Posted by fische in 備忘録

橋下の「大阪都」構想は、大阪市のモンロー主義を解体するものであり、そのもとで成長したすぐれた諸政策を、大阪府-関西州が奪い取ることを意味する。
これにより、府の博物館行政の史的空洞性(博物館行政的には、「このままでは大阪は駄目になる」のではなく、とうに駄目なのだ)が、市の充実した博物館群によって充填、置換されることになる。
博物館外部システム論からすれば、この展開は自明なのである。

「橋下新党」旗揚げへ=統一選で、府・市再編争点に-大阪
 大阪府の橋下徹知事が、2011年春の統一地方選に向けて、新たな政治グループ結成の動きを本格化させた。知事は、大阪府・市の解体再編を主張しており、23日夜には知事に賛同する自民党系府議会議員らとともに大阪市内のホテルで準備会合を開いた。
 会合には、知事をはじめ、府議、堺市議、大阪市議ら18人が出席。同日は、大阪再編などに関しての意見交換にとどまったが、知事は会合後、記者団に対し「ワン大阪に向けて政治家が集まって意見交換したのは初めて。まず第一歩」と成果を強調した。4月にも正式なグループ設立を目指す。
 橋下知事は今年に入ってから、国際的に競争力のある広域行政を実現するために、現行の大阪府、大阪市という行政体を解体し、新たな形で再編するよう訴え始めた。「このままでは大阪は駄目になる」などとして、統一選の争点にする考えを示している。基本的には「大阪都」構想を想定しているとみられ、具体案は4、5月に示す予定。 
 政治グループは再編に賛同する府議、市町村議や市町村長で構成する方針で、超党派で参加を呼び掛ける。また、統一選に出馬する新人候補も公募し、府議選や大阪市議選では過半数の議席獲得を目指す。(2010/02/23-23:06)

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010022300756

2010年2月18日

「青森県下平民斎藤主」

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「斎藤主」をインターネットで検索したところ、「不識塔その2─斎藤主(つかさ)の生涯 – 続・カクレマショウ」がヒット。以下、関係する部分の引用。

斎藤主は、万延元(1860)年、西目屋村の隣に位置する弘前市に生まれました。父は弘前藩士でしたが、廃藩置県後、今別町で私塾を開いており、彼は母のもとで育てられました。12歳の時上京しようとして家出、秋田県大館で見つかり、家に連れ戻されるという事件を起こしています。

彼が東京行きを果たしたのは17歳の時。小さい頃からの特技を生かし、書家になるべく様々な職を転々としますが、結局、明治10(1874)年に勃発した西南戦争に乗じる形で警察官に採用されています。しかしそれも長続きせず、彼は一旗揚げようと北海道に渡ります。各地で役人生活を送りながら、英語や測量学、天文学などを習い、その知識を生かして北海道の奥地から千島、国後などの調査・測量に従事しました。

明治18(1885)年、26歳の時に故郷の青森に戻り、青森県庁土木課に配属されるものの、2年後には会計長として大阪の土木会社に入社、西日本各地の土木工事に関わることになります。一時的に請われて香川県庁や兵庫県庁の土木担当を任されたりもします。またこの間、九州鉄道土木工事測量の時に知り合った下宿屋の娘ナヲと結婚しています。

斎藤が、「北海道旧土人頭骨」を東京教育博物館に寄贈したのは明治17年であり、上記「明治18(1885)年、26歳の時に故郷の青森に戻」る前年のことになる。それ以前、「彼は一旗揚げようと北海道に渡り」「各地で役人生活を送りながら、英語や測量学、天文学などを習い、その知識を生かして北海道の奥地から千島、国後などの調査・測量に従事し」たとあるため、この時期に「北海道旧土人頭骨」を入手したのであろう。

2010年2月17日

「明治22年以前の標本」

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「明治22年以前の標本」

承前「北海道旧土人頭骨」は明治17年(1884)に寄贈されているため、『写真で見た国立科学博物館120年の歩み』(財団法人 科学博物館後援会、1998年)にある「明治22年以前の標本」(57頁)のカテゴリに属する。おそらく、写真の標本などとともに、明治22年に帝国博物館へ移管され、大正13~15年に東京帝室博物館天産部から引き継がれて、もどってきているのではないだろうか。

2010年2月15日

東京教育博物館の「北海道旧土人頭骨」

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『文部省第十二年報附録(明治十七年分)』に収録された「東京教育博物館第八年報」の「寄贈及交換物品ノ件」の項に、「本年中寄贈ノ物品ハ其ノ数多カラスト雖青森県下平民斎藤主ヨリ献納セシ北海道旧土人頭骨ノ如キハ学術上最貴重ノ標品ナリ」(605丁〔364コマ〕)の記述あり。消息如何。

2010年2月12日

「農商務省(貿易品)陳列所」

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「1892(明治25)年農商務省(貿易品)陳列所が設立され」(伊藤寿朗「日本博物館発達史」伊藤寿朗・森田恒之編『博物館概論』、学苑社、1978年、106頁)の確認がとれない。
同じ編著者による、後出の、倉内史郎・伊藤寿朗・小川剛・森田恒之編『日本博物館沿革要覧』、財団法人野間教育研究所、1981年にも登場しない。
ちなみに、周知の同省施設は、1896年設立の貿易品陳列館。これの官制廃止による、1897年設立の商品陳列館。

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